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複合動詞「-切る」と「-尽くす」の意味分析. 名古屋大学 杉村 泰. はじめに. 複合動詞「-切る」と「-尽くす」. 共通点 ともに行為の完遂を表す (1) 彼は満漢全席で料理を全部 食べ切った 。 (2) 彼は満漢全席で料理を全部 食べ尽くした 。. 複合動詞「-切る」と「-尽くす」. 相違点1 「-切る」は状態性の動詞に付くが、「-尽くす」は状態性の動詞には付かない (3) 彼は仕事で 疲れ切っている 。 (4) *彼は仕事で 疲れ尽くしている 。 (5) 彼の部屋はすっかり 冷え切っている 。
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複合動詞「-切る」と「-尽くす」の意味分析複合動詞「-切る」と「-尽くす」の意味分析 名古屋大学 杉村 泰
複合動詞「-切る」と「-尽くす」 共通点 ともに行為の完遂を表す (1) 彼は満漢全席で料理を全部食べ切った。 (2) 彼は満漢全席で料理を全部食べ尽くした。
複合動詞「-切る」と「-尽くす」 相違点1 「-切る」は状態性の動詞に付くが、「-尽くす」は状態性の動詞には付かない (3) 彼は仕事で疲れ切っている。 (4)*彼は仕事で疲れ尽くしている。 (5) 彼の部屋はすっかり冷え切っている。 (6)*彼の部屋はすっかり冷え尽くしている。
複合動詞「-切る」と「-尽くす」 相違点2 同じ動作性の動詞でも一回的文脈では「-切る」の方がふさわしく、「-尽くす」は使えない (7) 彼は巨大かぼちゃを一つ食べ切った。 (8)*彼は巨大かぼちゃを一つ食べ尽くした。 (9) 彼はシドニーオリンピックで42.195kmを走り切った。 (10)*彼はシドニーオリンピックで42.195kmを走り尽くした。
複合動詞「-切る」と「-尽くす」 相違点3 同じ知識の獲得を表す動詞でも次のような違いがある (11) 彼は彼女のことを分かり切っている。 (12)*彼は彼女のことを分かり尽くしている。 (13)*彼は彼女のことを知り切っている。 (14) 彼は彼女のことを知り尽くしている。
本研究で主張したいこと ① 「-切る」は主体の動作・変化の完全達成を表す 「-尽くす」は対象の完全消費(消滅)を表す ② 「-切る」のV1には動作主指向性の動詞が来る(動作動詞の場合) 「-尽くす」のV1には対象指向性の動詞が来る ③ 一般に「(~を)食べる」は他動詞、「(~を)走る」は自動詞とされることが多い。しかし、次のヲ格はともに動作主が完食や完走をするまでに通り抜ける「障害の道」を表すという点で共通している。 (15) ギャル曽根は大食い大会でラーメン100杯を食べ切った。 (16) 高橋尚子はマラソンで42.195kmを走り切った。
コーパス調査(-切る) コーパス:インターネットのWWWページ 検索エンジン:gooのフレーズ検索 検索日:2007年2月16日~8月12日 検索対象: V1『日本語基本動詞用法辞典』にある852語を含む1,068語 V2 「切る、切った、切らない、切らなかった、切ります、切りました、切りません、切って」平仮名表記も同様に検索
「-切る」の用法 〔A〕本動詞「切る」の持つ切断の意味が生きているもの 1.「切断」:前項動詞で表される手段によって対象を物理的に分断することを表す (噛み切る、食い切る、叩き切る、退路を断ち切る) 2.「終結」:前項動詞で表される行為によって事態の継続に区切りをつけることを表す (番組を打ち切る、締め切る、思い切る、割り切る)
「-切る」の用法 〔B〕切断の意味があまり感じられず、接辞化したもの 3.「行為の完遂」:動作動詞に付いて、当該の事態を最後までやり残しなく完全に行うことを表す (走り切る、食べ切る、使い切る、耐え切る、守り切る) 4.「変化の達成」:変化動詞に付いて、当該の変化が最後まで滞りなく進むことを表す (諦め切る、治り切る、信じ切る、煮え切らない態度) 5.「極限状態」:状態進展動詞に付いて、すでに成立している状態が質的にさらに深まってそれ以上は進まず限界に達していることを表す (疲れ切る、冷え切る、困り切る、澄み切る、太り切る)
接辞「-切る」とアスペクト 姫野(1999) 「継続動詞 vs. 瞬間動詞」 本研究 「動作動詞 vs. 変化動詞 vs. 状態進展動詞」 ①動作動詞の過程 まだ食べていない→食べ始めた→食べている→食べ切った→もう食べていない ②変化動詞の過程 諦めていない→諦め始めた→まだ諦めていない→諦め切った→すでに諦めている ③状態進展動詞の過程 疲れていない→疲れ始めた→少し疲れている→疲れ切った→疲れている
接辞「-切る」とアスペクト ①V1が動作動詞→「行為の完遂」 例:「食べ切る」、 「走り切る」 ていない→始めた→ている→切った→ていない ②V1が変化動詞→「変化の達成」 例: 「諦め切る」 、 「治り切る」 ていない→始めた→ていない→切った→ている ③V1が状態進展動詞→「極限状態」 例: 「疲れ切る」 、 「冷え切る」 ていない→始めた→ている→切った→ている
「-切る」のイメージ 「事態の完全達成」 「走り始める」 「走り切る」 (動作の完遂) 「諦め始める」 「諦め切る」(変化の達成) 「冷え始める」 「冷え切る」(極限状態) 0% → 100%
「川を泳ぐ」と「川で泳ぐ」 (17) 彼は川を泳ぎ切った。 →「泳ぐ」に始点と終点がある。 (18)*彼は川で泳ぎ切った。 →「泳ぐ」に終点がない。 c.f. 「ヲ格名詞句で示された場所の中を全体的に移動していく」 (姚艶玲2007:12)
複合動詞「-尽くす」 • 彼は世界の珍味を食べ尽くした。 • 彼は台湾中の名所に行き尽くした。 • 彼はアイデアが出尽くした。 →全て達成し、これ以上「~し残し」はない。
コーパス調査(-尽くす) コーパス:インターネットのWWWページ 検索エンジン:gooのフレーズ検索 検索日:2009年2月21日~9月21日 検索対象: V1『日本語基本動詞用法辞典』にある852語を含む1,068語 V2 「尽くす、尽くした、尽くさない、尽くさなかった、尽くします、尽くしました、尽くしません、尽くして」平仮名表記も同様に検索
「他動詞+尽くす」 • 彼は妻の性格を知り尽くしている。 • 彼は原稿用紙を文字で埋め尽くした。 • 彼は日本中のうまいものを食べ尽くした。 →ヲ格補語について「~し残し」はない。
「非能格自動詞+尽くす」 • 彼は世界中の海や山を遊び尽くした。 • 彼は台北中の路地を歩き尽くした。 • 彼は日本中の遊園地に行き尽くした。 →ヲ格やニ格補語について「~し残し」はない。
「非対格自動詞+尽くす」 • 彼はアイデアが出尽くした。 • 火事で町全体が燃え尽くした。 →ガ格補語について「~し残し」はない。
「-尽くす」の用法 1.ヲ格で示される空間全体に対象物を隙間なく敷き詰めることを表す 「(観衆が会場を/会場を観衆で)埋め尽くす」、「(暗雲が村を)覆い尽くす」 2.ヲ格で示される対象を全て消費(消去、消耗)することを表す 「(食糧を)食い尽くす」、「(町を)焼き尽くす」 3.ヲ格で示される対象全てに対して当該の行為を行うこと表す 「(彼のことを)知り尽くす」、「(言いたいことを)言い尽くす」 4.ヲ格で示される場所全てに対して当該の行為を行うこと表す 「(日本中の行楽地を)遊び尽くす」、「(北京中の胡同を)歩き尽くす」
「-尽くす」の用法 5.ニ格で示される場所全てに対して当該の行為を行うこと表す 「(世界遺産の全てに)行き尽くす」 6.ガ格で示される対象が全て消費されることを表す 「(アイデアが)出尽くす」、「(町が)燃え尽くす」 7.驚きなどのため、ガ格で示される主体の気が抜けて立ったまま動けなくなることを表す 「(彼は呆然と)立ち尽くす」
「-尽くす」のイメージ 「対象ヲ{使い尽くす/焼き尽くす}」=全対象の消費 「空間ヲ 対象デ{埋め尽くす/覆い尽くす}」=全空間の消費 「場所ヲ 歩き尽くす/場所ニ 行き尽くす」=全ての場所の消費 → 0% 100%
「食べ切る」と「食べ尽くす」 (1) 彼は満漢全席で料理を全部食べ切った。 → 食事全体を一回的行為と捉え、動作主がそれを完全に遂行したことを表す ○ この場合の「食べる」は動作主指向的(工藤1995の「主体動作動詞」) (2) 彼は満漢全席で料理を全部食べ尽くした。 → ひとつひとつの料理(対象)を個別に捉え、それらが全て消費されることを表す ○ この「食べる」は対象指向的(工藤1995の「主体動作・客体変化動詞」)
「分かり切る」と「知り尽くす」 (11) 彼は彼女のことを分かり切っている。 → 「彼女のこと」を全体的に捉え、その理解の程度が100%に達している =事態の不明瞭さがなくなる (「悟り切る」、「覚え切る」も同じ) (14) 彼は彼女のことを知り尽くしている。 → 「彼女のこと」を複数的に捉え、その全てのことを理解している =未知の事態がなくなる
「食べる」と「走る」 ●「料理を食べ切る」、「コースを走り切る」 (一回的行為、動作主の行為達成) ●「料理を食べ尽くす」、「コースを走り尽くす」 (複数的行為、対象の完全消費)
「食べ切る」 (一回的事態) 運動量 100% 食べ切る(行為の達成) 食べ残す(行為) 食べる t 食べ終わる 食べ始める
「食べ尽くす」 (複数的事態) 消費量 100% 食べ尽くす(対象の消費) 食べ残す(食物) 食べる t 食べ終わる 料理6 料理5 料理4 料理3 料理2 料理1 食べ始める
「走り切る」 (一回的事態) 運動量 100% 走り切る(行為の達成) 走り残す(行為) 走 る t 走り終わる 40キロ 30キロ 20キロ 15キロ 10キロ 5キロ 走り始める
「走り尽くす」 (複数的事態) 消費量 100% 走り尽くす(対象の消費) 走り残す(コース) 走 る t 走り終わる コース6 コース5 コース4 コース3 コース2 コース1 走り始める
補足 ●継続動詞の場合は「-切る」が使える。 (0%→100%という変化があるため) (19) 彼は口をあけ切った。 (20) ?彼は口をあき切った。(結果のみに注目し、過程は意識されない) (21) 口があき切った。 ●瞬間動詞の場合は「-切る」が使えない。 (0%→100%という変化がないため) (22) ?彼は話を終え切った。 (23) ?彼は話を終わり切った。 (24) 話が終わり切った。(「人の話が終わり切るまで待て」)→時間的幅がある 一般に「諦める」は瞬間動詞とされるが、「諦め切れない」のように言えるのは諦め始めてから完全に諦めるまでに時間的幅があるためである。
まとめ ① 「-切る」は主体の動作・変化の完全達成を表す 「-尽くす」は対象の完全消費(消滅)を表す ② 「切る」のV1には動作主指向性の動詞が来る(動作動詞の場合) 「尽くす」のV1には対象指向性の動詞が来る ③ 一般に「(~を)食べる」は他動詞、「(~を)走る」は自動詞とされることが多い。しかし、いずれのヲ格も動作主が完食や完走をするまでに通り抜ける「障害の道」を表すという点で共通している。 ・「-切る」が付く場合は動作主の行為に焦点が当たる。 ・「-尽くす」が付く場合は対象の変化に焦点が当たる。
参考文献 李暻洙(1997)「中間的複合動詞「きる」の意味用法の記述:本動詞「切る」と前項動詞「切る」、後項動詞「-切る」と関連づけて」『世界の日本語教育』第7号,pp.219-232,国際交流基金日本語国際センター 奥田靖雄(1977)「アスペクトの研究をめぐって―金田一的段階―」『国語国文』8号,[奥田靖雄(1985)『ことばの研究・序説』むぎ書房,pp.85-104に再録] 影山太郎(1993)『文法と語形成』,ひつじ書房 許永蘭(2004)「複合動詞の後項「~きる」と「~つくす」の類義分析」『第2回名古屋大学日本語教育研究集会予稿集』pp.26-29,名古屋大学日本語教育研究集会実行委員会 工藤真由美(1995)『アスペクト・テンス体系とテクスト―現代日本語の時間の表現―』,ひつじ書房 小泉 保他(編)(1989)『日本語基本動詞用法辞典』,大修館書店 定延利之(2005)「日本語の動作動詞と変化動詞」,第1回中日理論言語学研究会 須賀一好(1981)「自他違い―自動詞と目的語,そして自他の分類―」『馬淵和夫博士退官記念 国語学論集』大修館書店[須賀一好・早津恵美子(編)『動詞の自他』(1995),pp.122-136,ひつじ書房]所収 杉村 泰(2008)「複合動詞「-切る」の意味について」『言語文化研究叢書』7,pp.63-79,名古屋大学大学院国際言語文化研究科 ─ ─ ─ (2009)「コーパスを利用した複合動詞「-尽くす」の意味分析」『名古屋大学言語文化論集』第31巻第1号,pp.00-00,名古屋大学大学院国際言語文化研究科 姫野昌子(1999)『複合動詞の構造と意味用法』,ひつじ書房 森田良行(1989)『基礎日本語辞典』,角川書店 姚艶玲(2007)「日本語のヲ格名詞句を伴う自動詞構文の成立条件―認知言語学的観点からのアプローチ―」『日本語文法』7巻1号,pp.3-19,日本語文法学会・くろしお出版 廖 紋淑(2009)「複合動詞「~終わる」、「~切る」、「~尽くす」の使い分けに関する覚え書き─日本語母語話者と日本語学習者の比較─」『言葉と文化』,pp.25-43,名古屋大学大学院国際言語文化研究科日本言語文化専攻
ありがとうございました。 2010年8月1日(土) 於台湾・政治大学 ICJLE 2010 TAIWAN 世界日本語教育大会 「複合動詞「-切る」と「-尽くす」の意味分析」 名古屋大学 杉村 泰