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第 2 章 化学結合と分子間相互作用 (量子化学入門) 化学という学問は原子、分子のレベルで現象を考察する。その原子や分子の性質を理解するためには、それらの中の 電子の状態 を知ることが不可欠である。
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第2章 化学結合と分子間相互作用 (量子化学入門) 化学という学問は原子、分子のレベルで現象を考察する。その原子や分子の性質を理解するためには、それらの中の電子の状態を知ることが不可欠である。 元素の性質に周期性があるという事実は、原子の電子状態を知ることによってはじめて理解できる。100種類程度しかない元素が結びついて数え切れないほどの分子が生まれ、その分子の性質はそれらを構成している元素の性質とは全く異なり、しかもバラエティーに富んでいる。これは分子を作ることによって、それを構成する原子の中の電子の状態が、それぞれの分子に特有の電子状態に変化するからである。さらに、液体や固体のような原子や分子の集合体は、個々の分子が示す性質とは大きく異なる性質を示す。これも集合体を作ることにより、それを構成する原子や分子の中の電子状態が、それぞれの集合体に特有の電子状態に変化するからである。
このように、原子や分子あるいはその集合体の性質を理解するためにはそれらの電子状態を理解することが重要であり、その電子の運動状態を記述するのが量子力学なので、これを理解することは化学を学ぶ上で大変重要なのである。 電子間、電子と核の相互作用は電気的なものである(3)が、それに加えて、ミクロな世界に特有な量子力学的効果が働いていることを理解する必要がある(6)。 量子的特質を考慮したうえで静電相互作用を考える。単なる電荷ではなく、量子力学的原理に従う電荷の間の静電相互作用を考える。
7a. 原子や分子あるいはその集合体(液体、結晶など)が示す構造・性質はそれらの内部の電子状態が決めている。そして、その電子状態は静電相互作用(3)と量子力学的効果(5, 6)に依存している。 物質の性質を電子状態が決めている例として、第1章で物質の色について学んだ。 この章では、序章と第1章で学んだ知識をもとに、高校で学んだ原子の構造と性質、化学結合と分子間相互作用について、その電子状態に注目して考えてみよう。
2・1 原子の構造と性質 2・1・1 原子の構造 a オービタル(軌道関数) 6. 原子や分子を理解するためには量子力学的性質を理解する必要がある。 それがオービタルである。 6a. 原子あるいは分子内の電子はオービタル(軌道関数)と呼ばれる、量子化されたエネルギー値と一定の運動領域を持った状態を占めている(=占有している)。 原子オービタル(原子軌道関数 AO) 分子オービタル(分子軌道関数 MO) 注意:オービタルは単に軌道と呼ばれることも多い。 原子オービタル:sオービタル、pオービタル、dオービタル ・・・ sオービタルを占める電子はs電子、pオービタルを占める電子はp電 子、・・・と呼ばれる。
オービタル 原子は原子核と電子から成るので、マクロな粒子のような明確な境界を持っていない。また、電子は原子核の周りを、一定の軌道上を運動しているのではない。もしそうなら、水素原子は円形をしているはずであるが、水素原子は球形をしている。原子核の周りを電子が一定の軌道上を運動しているなら、原子の中の電子の位置を測定すれば、いつもその軌道上で見つかるはずであるが、実際には電子はある領域内の至る所で見つかる。その領域がオービタルである。例えば水素原子の1s電子の位置を測定したとき、その中に電子が見つかる確率が例えば95%である領域の境界面がレジメp.11、スライド6図2-7においてsオービタルとして示されていると考えられる。言い換えれば、オービタルの図はそのオービタルを占める電子の運動領域の境界面を表している。ただし、この領域外に電子が見いだされる確率は零ではない。 オービタルには正負の符号がある。例外はsオービタル。レジメp.11スライド6の図2-7とスライド8図2-6を参照せよ。
6b. Pauliの排他原理:一つのオービタルを占めることのできる電子の数は二つまでである。この二つの電子を電子対という。 Lewis構造(高校の教科書では電子式と表記されている。スライド8図1)では2個の電子が組みになっているが、これは一つのオービタルを占める電子対なのである。 電子殻と原子オービタルの対応(かっこ内の数値はそれらに収容 できる電子の数) K殻(2) ・・・1sオービタル(2) L殻(8) ・・・2sオービタル(2)+2pオービタル(3種類、6) M殻(18)・・・3sオービタル(2)+3pオービタル(3種類、6) +3dオービタル(5種類、10) (レジメp.6スライド5図13・8参照) 1s、2s等の1、2という数は主量子数と呼ばれている。例えば、sオービタルは各電子殻にあるので、K殻のsオービタルは1sオービタル、L殻のsオービタルは2sオービタル、・・・というように表記する。
b 電子配置 6c. 電子がどの様にオービタルを占有しているかを表したものを電子配置という。原子や分子の電子状態は電子配置によって表される。基底状態の原子の電子配置は、エネルギーの低いオービタルから順にPauliの原理に従って占められる(これを構成原理という)。 AOのエネルギー:1s<2s<2p<3s<3p<4s~3d・・・ 平均して、K殻の電子はL殻の電子より、L殻の電子はM殻の電子より原子核の近くにいるので、原子核と電子の静電引力(3)が大きい=オービタルのエネルギーが低い(オービタルのエネルギーは負の値なので、絶対値は大きくなる)。 s、pオービタルのエネルギーは原子番号の増加とともに単調に減少するが、d、fオービタルは不規則な変化をする。 レジメp.14スライド5図13・23参照
基底状態の原子の電子配置(第1~3周期) 1s<2s<2p<3s<3p H:1s1、He:1s2、Li:1s22s1=[He]2s1、Mg:1s22s22p63s2=[Ne]3s2 第4周期: 3p<4s~3d<4p K:1s22s22p63s23p6 4s1、 ↑1s22s22p63s23p63d1ではない Sc:1s22s22p63s23p63d14s2、Cu:3d104s1 、 Br:3d104s24p5 第5周期: 4p<5s~4d<5p<4f Mo:1s22s22p63s23p63d104s24p64d5 5s1 I: 1s22s22p63s23p63d104s24p64d10 5s25p5 ← 4fオービタルは使われ ない 第6周期: 5p<6s~4f~5d<6p Cs:1s22s22p63s23p63d104s24p64d10 5s25p6 6s1 ← 4f, 5dオービタル Ba:1s22s22p63s23p63d104s24p64d10 5s25p6 6s2は使われない La:1s22s22p63s23p63d104s24p64d10 5s25p65d1 6s1 ← 4fオービタルは Ce:1s22s22p63s23p63d104s24p64d104f15s25p65d1 6s1使われない
第1章で取り上げた幾つかの現象をオービタル・電子配置に基づいて考察しよう。6c. 電子がどの様にオービタルを占有しているかを表したものを電子配置という。原子や分子の電子状態は電子配置によって表される。 ☆炎色反応と電子配置 ナトリウムの基底状態の電子配置:[Ne]3s1=1s22s22p63s1 熱エネルギーによって励起状態([Ne]3p)に励起され、そこから基底状態([Ne]3s)に落ちる際に、3pオービタルと3sオービタルのエネルギー差ΔEに相当するエネルギーεを持つ電磁波、すなわちΔE=ε=hc/λを満足する波長を持つ電磁波(589.16 nmと589.76 nmの電磁波=黄色い光)を放出する(5b)。 ナトリウムの価電子は3pの他に4s、5s、6s、・・・、3p、4p、・・・、3d、4d、・・・などのオービタルにも励起され、そこから3sに戻る。これらを全て記録したものが原子発光スペクトルで、その中でpオービタルからの発光が最も強く観測される。
☆ 遷移金属錯体の色とdオービタル 遷移元素の電子配置の特徴は価電子がd電子ということ。これに対して、典型元素の価電子はs電子あるいはp電子である。この電子配置の違いが遷移元素と典型元素の性質の違いに反映されている。 遷移金属イオンが配位子と配位結合することにより五つあるdオービタルのエネルギー準位が分裂し、その分裂の間隔ΔEが可視光のエネルギーεに相当する(5b) 。スライド14図1参照。 ☆ 水素原子スペクトルとグロトリアン図 ライマン系列(1s←p)、バルマー系列(2s←p、2p←d)、パッシェン系列(3s←p) スライド14図10・17、図2-1参照 原子スペクトルの解析から原子のエネルギー準位図が得られる。
c スピン 例えば、Liの基底状態の電子配置1s22s1を次のように図示することがある。 ↑ 2sAO ↑ ↓ 1sAO ↑は上向きスピンあるいはαスピン、↓は下向きスピンあるいはβスピン。 スピンはマクロな粒子にはなく、電子、中性子、陽子といったミクロな粒子のみが持つ自由度である。 一つのオービタルを占める二つの電子(6b)は、そのスピン状態は異なっていなければならない。電子対とはαスピンの電子とβスピンの電子から成る。
☆ 核スピンとNMR(核磁気共鳴)・MRI(磁気共鳴イメージング) 原子核は中性子と陽子からなるので、スピンを持っている。これを核スピンという。 電子スピンや核スピンのエネルギー準位は磁場がないときは重なり合っている(=エネルギー準位の間隔ΔE=0である)が、磁場が作用するとエネルギー準位の重なり(これを縮退という)が無くなり、有限のΔEが生じる。その結果スペクトルが観測できる(5c)。 核スピンの場合、このスペクトルをNMR(核磁気共鳴)という。NMRスペクトルを画像化(イメージング)したものがMRI(磁気共鳴イメージング)である。 NMRは未知化合物の分子構造を決定するときの重要な測定手段であり、MRIは医療分野で重要な診察手段である。
2・1・2 原子の性質 原子の性質はその電子状態に基づいて考察することができる (7a)。そして、原子の電子状態は(力学や電磁気学からは決して導かれない)電子配置という量子的状態によって示される(6c)。 原子の性質はその電子配置を反映しているので、電子配置に基づいて静電相互作用を見積もる。単なる負の電荷ではなく、オービタルという量子的状態を占めている電子の静電相互作用を考える。このとき、特に重要なのが価電子である。 例えば、元素の周期律はこの電子配置に基づいて理解することができる。イオン化エネルギーと電子親和力
a イオン化エネルギー I レジメp.13の表参照。 価電子が占めるオービタルのエネルギーが低いほどI が高い。 ① 同族元素のI を比較すると、原子番号の大きいものほどI が小さい。 例:Li(2s)、Na(3s)、K(4s) オービタルのエネルギー:2s<3s<4s ② 同一周期の元素のI を比較すると、原子番号が大きくなるにつれておおよそ I も大きくなる。これは核電荷が増大するから。 例外:ホウ素([He]2s22p)とベリリウム([He]2s2)、pオービタルがsオービタルよりもエネルギーが高いため。 酸素([He]2s22p4)と窒素([He]2s22p3)、pオービタルを二つの電子が占めるようになり、電子間反発が大きくなるため。 2p3=2px12py12pz1 、 2p4=2px22py12pz1 単なる負の電荷ではなく、オービタルという量子的状態を占めている電子の静電相互作用を考える → まずは電子配置
b 電子親和力 レジメp.13の表参照。 注意:電子親和力は力ではなく、エネルギーである。 イオン化エネルギーは常に正の値をとるが、電子親和力は負の値をとるものもある。 ①アニオンあるいは希ガス元素への電子親和力は常に負である。 ②電子親和力はフッ素の付近で最大である。 ③pオービタルに注目すると、一般に同一周期の元素では原子番号が大きくなると、電子親和力が大きくなる。
2・2 オービタルに基づいて化学結合を理解する なぜ原子どうしはくっついて分子になるのだろう?原子は電気的に中性なので、電気的な力でくっつくとは思えない。あるいは、原子は原子核のまわりに電子が存在しているので、電子どうしが反発して分子になれないようにも思える。 →疑問① 共有結合において、電気的に中性な原子どうしがなぜ電気的な力で分子を作ることができるのか(くっつくことができるのか)? 実際はほとんどの元素は不安定である=原子どうしが集まって分子や結晶(言い換えれば化学結合)を作ろうとする。しかし、希ガス元素は単独で安定に存在している。希ガス元素もそれ以外の元素もどちらも電気的には中性という点では同じであるのに、どうしてこの様な違いがあるのだろうか? →疑問② なぜ希ガス元素だけが安定で、それ以外の元素は不安定な(=結合を作ろうとする)のだろうか?
例えば、水素原子は二つ以上の原子と結合することはできない。これを結合の飽和性という。例えば、水素原子は二つ以上の原子と結合することはできない。これを結合の飽和性という。 分子は固有の形をしており(言い換えれば、結合の方向性があり)、分子どうしが衝突しても、その形は変わることはない。 しかし、イオン結合や金属結合には飽和性も方向性もない。 →疑問③ 分子は固有の形を持っており、共有結合には飽和性がある。これはなぜだろう? これらの疑問は古典力学や電磁気学だけでは解決できない。量子力学的性質を理解する必要がある(6)。それがオービタルである。電子と原子核は電荷を持っているので、電気的に相互作用するが、原子内の電子は単なる負の電荷ではなく、オービタルという状態を占めている電荷である。オービタルという概念(6a)と電子間、電子-核間の静電相互作用(3)に基づいてこれらの疑問について考察してみよう。
化学結合を考察する基本姿勢 価電子の電子配置(=価電子がどのオービタルを占めているか)に注目し、それらの相互作用を考える。オービタルという量子的状態を占めている電子の静電相互作用を考える。 基本事項 6a原子や分子の中の電子はオービタルという状態を占めることによって、原子や分子の中で安定に存在できる(量子力学的特性)。 6bこのオービタルを占めることができる電子の数は制限されている(Pauliの排他原理という量子力学的原理)。 6c原子・分子の電子状態は電子配置によって表される。
2・2・1 分子オービタル a 分子オービタル 原子を電気的に中性な一つの粒子として考えるのではなく、原子核と電子から成る一つの系と考えよう。 さらに原子内の電子を内殻電子と価電子に分けて考える。 内殻電子+原子核を原子心という。原子心全体は正に帯電している。 価電子はAOを対を作って占めているが、対を作らずに単独でAOを占めている電子もある。これを不対電子という。
一つの不対電子を持った原子二つからなる系を考えよう(例えば水素原子やハロゲン原子)。 二つの原子が近づくと、それぞれの原子の(不対電子が占めている)AOは重なり合うようになる(これをオービタルの重なりと表現する)ので、孤立原子のときから電子状態が変化し、MOができる。 オービタルの重なりについては、電子どうしの反発が強くてとても起こりそうに思えないかもしれないが、原子心と電子の間の引力も考慮すると、これが可能なことが示される。 水素分子を例にMOを説明しよう。
基底状態の水素原子Hは1sAOに電子が一つある(電子配置1s1)。二つのHが互いの1sAOを使って、化学結合を作る。 二つのAOは接近すると重なり合うようになる(オービタルの重なり)ので、孤立原子のときと電子状態が変化しMOができる= H2分子ができる= H-H共有結合ができる。 不対電子 共有電子対 ↑ ↓ ↑ ↓ ↑↓ ・ ・ → ・ ・ → ・ ・ A B σ 原子オービタル オービタルの重なり 分子オービタル
反結合性MO σ*( AOよりΔ *だけエネルギーが高い) Δ * AO(A) ↑ ↑ AO(B) エネルギー ↑↓Δ Δ <Δ * 結合性MO σ (AOよりΔだけエネルギーが低い) 分子オービタルのエネルギー準位図 二つのAOから二つのMO (一つの結合性MOと一つの反結合性MO)ができる(1対1)。 各原子から供給された2個の不対電子が対(共有電子対↑↓)を作って結合性MOを占めることによって共有結合が形成される。 結合性MOはAOよりもエネルギーの低い状態なので、分子の状態は二つの原子がばらばらの状態よりエネルギー的に安定化するので、共有結合が形成される。 不安定化エネルギー Δ *は安定化エネルギー Δより常に少し大きい。
原子Aと原子Bの間に化学結合が形成されたとき、その電子状態を分子全体に広がったMOψMOで記述する。オービタルを表す記号にギリシャ文字のψ(プサイ)を使うことが多い。 ここで問題は、このψMOをどの様に表すかということである。電子が核Aの近くにあるときは、電子に働く力は主に核Aからのポテンシャルによる。従って核Aの近傍ではψMOは原子AのオービタルψAO(A)に似ているだろう。逆に電子が核Bの近くにあるときは、ψMOは原子BのオービタルψAO(B)で近似できるであろう。従って、ψMOをAOψAOの重ね合わせとして、 ψMO=ψAO(A) ± ψAO(B) σ=ψAO(A)+ψAO(B)、 σ *=ψAO(A)-ψAO(B) で表現するのが自然である。この様に、原子オービタルの重ね合わせ(数学的には一次結合あるいは線形結合という)から作られる近似的なMOをLCAO-MOという。結合性MO σはAOが同位相で重なり合い、反結合性MO σ*は逆位相で重なり合う。
b σオービタルとπオービタル H2分子の様に、原子核どうしを結ぶ軸の周りに円筒形の対称性を持つ分子オービタルをσオービタルという。 σオービタルを占める電子をσ電子という。 2個のσ電子が電子対を作り、その結果形成される共有結合をσ結合という。 反結合性オービタルを*で表示する表記法と、エネルギーの低い順から通し番号で表記する(σ1、σ2、σ3、・・・)表記法がある。 σオービタルはsオービタルどうしだけから作られるわけではない。スライド30参照 位相の同じオービタルどうしは重なりによって強め合い結合を作るが、位相の異なるオービタルどうしは重なりによって弱め合うので結合を作らない。スライド30不可能な軌道の組み合わせ参照。
pオービタルどうしが同位相で重なり合って結合性オービタルであるπオービタルが形成され、逆位相で重なり合って反結合性オービタルであるπ*オービタルが形成される。 πオービタルでは、紙面に直交し核間を結ぶ線を含む面の上下に対称的に広がっている。 πオービタルを占める電子をπ電子といい、π電子によって形成される共有結合をπ結合という。 σオービタルとπオービタルは空間的に異なる領域を占めている。 従って、三重結合は一つのσオービタルと二つのπオービタルを使って形成されるが、一つのπオービタルは紙面に直交し核間を結ぶ線を含む面の上下に対称的に広がっており、もう一つのπオービタルは紙面に平行で核間を結ぶ線を含む面の前後に対称的に広がっている。
c 等核二原子分子の分子オービタル H2分子のように、二つの同じ原子から成る分子を等核二原子分子という。ここでは、例として、N2分子とO2分子のMOエネルギー準位図を示す。レジメp.14、スライド33 第2周期の原子は基底状態において、その価電子が2s、2pオービタルを占めるので、これら計4個(二原子では8個)のAOから、8個のMOが作られる。 図11・31を見ると、πオービタルの方がσオービタルよりも安定化エネルギーが小さいことが分かる。これが、二重結合・三重結合において付加反応が起こる=π結合が切れる、原因である。 このO2のMOに、原子と同様に構成原理(6c)に従って電子を分配すると、基底配置が得られる。 基底状態のO2の電子配置:1σg21σu22σg21πu41πg2 ここで、gとuはオービタルの対称性を表している。
二原子分子における結合性の物差しは、次式で定義する結合次数bで与えられる。 b=(1/2)(n-n*) nとn*は、それぞれ結合性オービタルと反結合性オービタルにある電子の数である。例えば、 H2:b=(1/2)(2-0)=1 He2:b=(1/2)(2-2)=0 となり、He2では結合しないことが導かれる。O2については O2:b=(1/2)(8-4)=2 これは、Lewis構造の二重結合O=Oに対応する。 結合次数は結合の特性を理解するための有用なパラメータであるが、これは結合次数には結合長および結合強度と相関があるからである。
N2のMOはO2のそれとは少し異なる(スライド33レジメp.14)。これは、窒素原子と酸素原子で2sオービタルと2pオービタルの間隔ΔEspが大きく異なることに起因する。 酸素原子ではこのΔEspが比較的大きいので、1σ uは2sのみから、2σ gは2pzのみから成る。 OA-OB 1σu=ψ2s(OA)+ψ2s(OB) 2σg=ψ2pz(OA)+ψ2pz(OB) 窒素原子ではこのΔEspが比較的小さいので、1σ uには2sに加えて2pzも少し寄与し、2σ gには2pzに加えて2sも少し寄与する。 NA-NB 1σ u =a(ψ2s(NA)+ψ2s(NB))+b(ψ2pz(NA)+ψ2pz(NB)) a≫b 2σ g =c(ψ2s(NA)+ψ2s(NB))+d(ψ2pz(NA)+ψ2pz(NB)) c≪d その結果、 N2では2σgは1πuよりエネルギーが高くなっている。
この例が示すように、一つのMOが(同一原子内の)複数のAOから作られる場合がある。 すなわち、(同一原子内の)エネルギー差が小さいAOどうしほどそれらの相互作用が大きく、エネルギー差が大きすぎるとほとんど相互作用しない。 このMOに構成原理に従って電子を分配すると、基底配置が得られる(6c)。 基底状態のN2の電子配置:1σg21σu21πu42σg2 また、 N2の結合次数は N2:b=(1/2)(8-2)=3 となる。これは、Lewis構造の三重結合N≡Nに対応する。
ところで、酸素分子と窒素分子の基底状態の電子配置から、この二つの分子の反応性の違いが分かる。 酸素分子の電子配置を正確に書くと、 1σg21σu22σg21πu41πg1 1πg1 となる。1πgMOは二つあるので、二つの電子はそれぞれの1πgMOを占有している。つまり、不対電子が二つある。 これに対して、窒素分子は不対電子が無い安定な電子配置となっている。 この様に、オービタル(量子力学的性質)に基づいて分子の性質を考察すると、分子の性質の違いを理解することができる。Lewis構造では不対電子の存在はあり得ない。 d 異核二原子分子の分子オービタル HCl分子のように、二つの異なる原子から成る分子を異核二原子分子という。ここでは、例として、HF分子のMOエネルギー準位図を示す。
分子オービタルの一般的な形は、 ψ(HF)=cHψ(H)+cFψ(F) である。ここで、ψ(H)はHの1sオービタルで、ψ(F)はFの2pオービタルである。 H1sオービタルは、エネルギーが0の位置(プロトンと電子が離れた状態)より13.6 eV低いところにあり、F2pオービタルは18.6 eV低いところにある(スライド38参照) 。 一般に、異核二原子分子のMOを形成するAOのエネルギーは、等核二原子分子と異なり、同じではない。その結果、等核二原子分子のMOに対する二つの原子のAOの寄与は等しいが、異核二原子分子では異なる。 等核二原子分子:ψ(AA)=cAψ(A)+cAψ(A) 異核二原子分子:ψ(AB)=cAψ(A)+cBψ(B)cA≠cB
HFの場合、結合性σオービタルは、主にF2pオービタルであり、 σ(HF)=0.19ψ(H)+0.98ψ(F) 反結合性σ*オービタルは、主としてH1sオービタルの性格を帯びている。 σ*(HF)=0.98ψ(H)-0.19ψ(F) 結合性オービタルにある2個の電子はほとんどF2pオービタルに見いだされることになり、従ってF原子には部分負電荷が、H原子には部分正電荷があることになる。従って、この結合はかなりイオン結合の性格を持っている。 等核二原子分子の結合は共有結合であるが、異核二原子分子の結合は程度の差はあれ、部分的にイオン結合の性格を帯びている。任意の結合の共有結合性とイオン結合性については、2・3・3で詳しく考察する。
2・2・2 共有結合の形成とその飽和性 a 共有結合の形成 不対電子を持つ化学種をラジカル(遊離基ともいう)という。ラジカルは不安定で、結合を作ろうとする傾向が強い=反応性に富んでいる。反応性に富んでいる理由は、共有結合を作ってエネルギー的により安定した化学種を作ることができるからである。 結論②-① ほとんどの原子は不対電子を持っているので、原子どおしが集まって分子を作って安定化しようとする:不対電子を持った原子は(不対電子が占める)互いのオービタルが重なる程度まで接近することができるので、原子オービタルから結合性分子オービタルというエネルギー的により安定な電子状態が生成され、それを不対電子どうしが電子対(共有電子対)を作って占める=共有結合の形成。
酸素分子が反応性に富んでいるのは、不対電子を持っているからである。酸素分子が酸化力が強い(=電子を受け取りやすい)のもこの不対電子の存在に起因している。そして、この不対電子の存在はオービタルを考えることによって初めて明らかとなった。 ☆ 孤立電子対と空のオービタル(配位結合) 孤立電子対(非共有電子対)は既にAOが二つの電子で占められているので、一般に不対電子とは反応しない。しかし、ある原子Aの孤立電子対で占められたAO(A)と別の原子Bの空のAO(B)(=電子で占められていないオービタル)から、結合性MOが作られると、そのMOをAO(A)を占めていた孤立電子対が占め、エネルギー的に安定化して結合が形成される。これを配位結合という。 共有結合と配位結合に本質的な違いはない。
b 共有結合の飽和性 水素分子HA-HBの二つの電子は対を作って結合性MOを占めるので、ここにもうひとつの水素原子HCが近づいてもH3分子(HA-HB-HC)はできない(=水素原子の原子価は2にはなれない)。その理由は次のように説明される。 水素分子HA-HBと水素原子HCが接近すると、HA-HBのMOとHCの1sオービタルの重なりが生じるはずであるが、実際には有効な重なりが生じない。その理由はPauliの排他原理が、オービタルを三つの電子が占めることを許さないからである。 このように、電子対どうしあるいは電子対と不対電子では、Pauliの排他原理のためそれらの電子が占めているオービタルの間に重なりが生じない(これに対して不対電子どうしは重なりが生じる)。
これは言い換えれば、希ガス元素や分子がそれら同士あるいは別の原子と結合を作らないのは、これらの間に反発力が働くからであり、この反発力を交換斥力という。これは分子や希ガス元素の間には常に存在するもので、後述する分子間相互作用の一つである(2・4・2参照)。 この斥力はPauliの排他原理がその原因であり、Coulomb相互作用とは関係がないことに注意する。同じスピン状態の電子どうしはPauliの排他原理のため空間的に同じ領域を占めることができないが、スピン状態が異なっている電子どうしはそのような制限はないので、空間的に接近することができる。接近できるといっても、電子間に引力が働くわけではなく、電子間にはCoulomb斥力が働いている。 Coulomb相互作用 Pauliの排他原理 電子対-電子対 斥力 接近できない 電子対-不対電子 斥力 接近できない 不対電子-不対電子 斥力 接近できる
ヘリウム分子He2がなぜできないかの分子軌道法による説明:ヘリウム分子He2がなぜできないかの分子軌道法による説明: He原子が二つ近づいて1sオービタルから結合性MOと反結合性MOが作られる。このとき、排他原理のため結合性MOを二つの電子が占め、残りの二つの電子は反結合性MOを占める。不安定化エネルギー Δ*は安定化エネルギーΔより常に少し大きい。結果として、エネルギー的に不安定化するので、結合は作られない。 反結合性 MO σ* ↑↓Δ * 1s ↑↓ ↑↓ 1s エネルギー ↑↓Δ 結合性 MO σ Δ <Δ *
結論③-①不対電子を二つの原子が共有して共有電子対が形成されることによって共有結合が生じる(=不対電子が占める原子オービタルが重なり合い結合性MOが形成される)。ある原子Aがその原子価を満たす結合を作ってしまうと(=Aの不対電子が全て共有電子対を作ってしまうと)、Pauliの排他原理のため、Aのオービタルをそれ以上他の原子Bの不対電子が占めることができないので、AとBの間でオービタルの重なりが生じず(=交換斥力が働き)それ以上結合が生じない=共有結合に飽和性がある。結論③-①不対電子を二つの原子が共有して共有電子対が形成されることによって共有結合が生じる(=不対電子が占める原子オービタルが重なり合い結合性MOが形成される)。ある原子Aがその原子価を満たす結合を作ってしまうと(=Aの不対電子が全て共有電子対を作ってしまうと)、Pauliの排他原理のため、Aのオービタルをそれ以上他の原子Bの不対電子が占めることができないので、AとBの間でオービタルの重なりが生じず(=交換斥力が働き)それ以上結合が生じない=共有結合に飽和性がある。
2・2・3 共有結合の方向性と分子の形 水分子H2Oの平衡構造は折れ線型をしているが、同じ三原子分子でも二酸化炭素分子CO2は直線型をしている。 O O=C=O H H なぜこのように平衡構造が異なるのだろうか? 簡単な分子の形は直線型、折れ線型あるいは四面体型のように幾つかの形に分類できる(レジメp.15スライド48図2.2)。 分子の数は何万とあるのに、その形は数種類に分類できるのはなぜか?
その答えは分子の電子状態を考察することによって得られる。 なぜなら、電子間にはCoulomb斥力が働く(3)ので、その静電エネルギーが一番低くなるように電子が分布するから。 この時重要なことは、原子・分子内では電子はオービタルという固有の運動領域を持った状態を占めている(6a)ということ。 単なる静電相互作用ではなく、オービタルを占める電子間の静電相互作用を考える。 その結果、静電エネルギーが最も低いオービタルの空間配置が分子の平衡構造として反映される。
H2O :酸素原子の価電子は6個、水素原子の電子まで含めると8個の電子がある。4個のオービタルが必要。このオービタルをそれらの反発が最も少ないように配置するにはどうしたら良いか? 立方体の中心に中心原子(核)があるとする。オービタルがレジメp.15、スライド48図5に示すような四隅と中心原子核の間に分布するとき、オービタル間の反発は最も少なくなるであろう。 → sp3混成オービタル(レジメp.15、スライド48図5・4参照):一つのsオービタルと三つのpオービタルから成る等価なオービタル4個から成る。 h1=s+px+py+pz h2=s-px-py+pz h3=s-px+py-pz h4=s+px-py-pz この4個のオービタルの内二つを水素原子との共有結合に使い、残りの二つは結合には使われず、孤立電子対が占める。この結果、水分子の平衡構造は折れ線型をしている(レジメp.15、スライド48図5参照) 。