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知的障害当事者の<生き様>から 見える多様なセクシュアリティの形 ー 知的障害と共に生きる<彼ら/彼女らなり>の <リアリティ>とは何かー. 立教大学大学院コミュニティ福祉学研究科 杉崎 敬. 問題意識その①. 知的障害当事者 ・長い間 <無性の存在> として扱われてきた経緯 ・社会全体として未だに <性的な主体>として認められて いない現状 性的なマイノリティ、「逸脱者」としてのレッテル
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知的障害当事者の<生き様>から 見える多様なセクシュアリティの形ー知的障害と共に生きる<彼ら/彼女らなり>の <リアリティ>とは何かー知的障害当事者の<生き様>から 見える多様なセクシュアリティの形ー知的障害と共に生きる<彼ら/彼女らなり>の <リアリティ>とは何かー 立教大学大学院コミュニティ福祉学研究科 杉崎 敬
問題意識その① • 知的障害当事者 ・長い間<無性の存在>として扱われてきた経緯 ・社会全体として未だに<性的な主体>として認められて いない現状 性的なマイノリティ、「逸脱者」としてのレッテル ・7年間の社会福祉法人(知的障害者施設)の勤務経験 から 現場において、当事者のセクシュアリティに配慮した支援 は、一部の事業所を除いて、殆どおこなわれていない現 状
問題意識その② なぜ、知的障害当事者のセクシュアリティに配慮していないのか どうすれば当事者のセクシュアリティを理解することができるのか ↓ それにはまず、知的障害当事者の<生きた語り>から紡ぎだされる <彼ら/彼女らなり>の<心の声>を丹念に聴くことが必要 ↓ これにより、知的障害当事者の多種多様なセクシュアリティの<思考・感覚> <わからなさ><矛盾><葛藤>などを抽出できないものか また同時に、<彼ら/彼女らなり>の多様な<経験>から紡ぎだされる<リア リティ>の意味あいをも理解することに繋がるのではないか 「現実社会を生きる知的障害当事者の<生き様>としての <リアリティ>の理解」
先行研究の検討 【障害当事者のセクシュアリティ研究】 ・身体障害当事者の体験談や自伝などの著書は多い → 小山内(1998・1995)、安積(1993・1999)、牧口・河野(1983)など ・知的障害当事者を対象としたもので、支援者の口を通して語られた研究 は多い ・知的障害当事者の結婚生活支援などの調査 → 河東田ほか(2005)、秦(2000)など ・知的障害当事者の<生の語り>による研究は、あまり多くない なぜ、知的障害当事者のセクシュアリティ研究では、本人の<生の語り> が見えてこないのであろうか 本報告では、知的障害当事者の<生の語り>から、当事者それぞれの <リアリティ>を考えてみたい
障害当事者の性の語られ方 身体障害当事者の場合 ・メディアで取り上げられる「身体障害者の性」 ・非障害者側からの限りなくステレオタイプ化されたフレーズの受け売り 知的障害当事者の場合 ・社会・家族・支援者が思考する「知的障害者の性」 → それらの「バイアスに大きく影響される性」 障害男性の場合 ・性的な主体であることが当然、常識的なこと ・性風俗の利用や性行為に関しても、男性性がもつ伝統的な性慣習 から“男だから仕方ない”と黙認 障害女性の場合 ・性的な主体とは見なされず、社会的にも無性の存在 ・「女性固有の問題」として取り上げられるのは、妊娠・出産などの問 題、子宮摘出手術によって「生む性」から排除されてきたという問題
研究目的 • 知的障害当事者と、その支援者が抱く、当事者のセクシュアリティに対する意識を分析することで、当事者自らが思考する多様なセクシュアリティの思いや姿、即ち<彼ら/彼女らなり>の<リアリティ>を明らかにする。 • 本報告では、知的障害当事者のセクシュアリティを恋愛・結婚・出産・子育て・家族生活等の経験から紡ぎだされる相互的な行為と規定する。
研究方法 • グループホーム(以下、GHとする)・通勤寮などで支援を受けている知的障害当事者と、その支援者を対象とする。 • 対象者は、A法人・B法人及びC法人のGH・通勤寮などで暮らす知的障害当事者20名(男性10・女性10)、及びその支援者7名とする。 • 本報告では、特に6名の知的障害当事者(男性2・女性2、一組の結婚カップル)と、3名の支援者を取り上げる。 • 対象者に、質的項目にそって自由に語って頂く半構造化インタビュー調査を実施し、項目毎に整理しつつ、自由な語りを質的に分析する質的調査法を採用する。 • 女性当事者の場合(あるいは男性当事者の場合でも)は、本人の希望等により、パートナーや担当職員同席のもと、倫理的な配慮をしつつ、調査を実施する。 • 考察するにあたっては、ライフストーリー法を用いる。 • 調査期間:2009年5月~10月
「シングル・マザー」として子どもの為に自立する(Aさん)「シングル・マザー」として子どもの為に自立する(Aさん) Aさん(女性・22歳) ・障害程度:B2 ・住環境:GH ・入居前:児童養護施設 ・医療:妊娠中の為、服薬なし ・就労:妊娠・出産の為、現在失業中 ・家族関係:疎遠 ・出産:6月に女児出産(以前にも妊娠したが流産) ・パートナー:結婚相手の男性は38歳の非障害者(ボーダーの人?) 【妊娠発覚から】 *:結婚するにいたった流れをお話してもらえますか? A:妊娠しちゃったから(結婚する前に)、その流れだよね、多分…。 *:職員さん(GH支援者)と何か話しあいはしましたか? A:全部、赤ちゃんのことだから…。(中略)まず、子どもをどうするかが先だし。 *:家族3人で暮らしたいっていうことだけど、なぜ3人で一緒に暮らしたいの? A:離婚したくないから。自分の親とかも離婚とかしているから。そういう親になりたくない。
【出産という経験】 *:出産前後のことを憶えていますか? A:陣痛の痛みで感覚が無かったけど、分娩台に座って三時間後に生まれた。 「ウンチが出る!」って叫んだ。(子どもが)下がってくるのがウンチが出る感じ。下痢をして、ふんばってもウンチが出ないような…。 そのうちに破水して(・・)。大事なところを少し切って生まれた。 【同じ当事者と共にする子育て】 A:Мさん(同じGHの男性当事者)が、よく子どものお風呂を手伝ってくれる。湯ぶねのお湯をくんでくれたり、抱っこしてくれたり。Cさん(男性当事者)も抱っこしてくれる。おしゃぶりを買ってくれたりもした。 (中略)みんな赤ちゃんが好きだから、(GH内で)夜泣きをしても文句をいう人はいないかなー。はじめは「うるさい」って言われるのが心配だったし、泣きやまない時は、外に連れて行ったりもしたけど。 今は料理が出来ないのが不安かなー。小さい時から施設にいたし、その後すぐにGHに移ってきたから、一人暮らしをしたことがない。掃除・洗濯は大丈夫なんだけど、料理がダメー。レシピ本を見ながら、保健師さんやパン屋さんにいた時の職員さんから聞きながら(覚えたい)。(料理は)不安だけど楽しみ。
【シングル・マザーになる覚悟】 A:相手(子どもの父親)が会いにきてくれないから、少し心配している(・・・) 職員からは「諦めた方がいいのでは」と言われているし(・・) 職員に「生む前にシングルとしての覚悟があるのか」と言われた。はじめは、 「ある」と思ったけど、やっぱり「ウソになる」って(・・)。自信はないけど。 でも、(産んで)後悔はしていない。産むことも、シングルになることも(・・) A:今は子どもと(彼と)3人で暮らすのが夢。彼を信じたい(・・) 法律上ずっとGHにはいられないし、シングルになっても、子どもを保育園や幼 稚園にあずける。施設には入れたくない。施設には嫌な思い出はないけど、親 と離れることはさせたくないし(・・)。常にお父さん・お母さんが(近くにいて)。 【子どもの為に自立する】 A:私、「ものの名前」が言えなかった(分からなかった)。(例えば)スリッパが(何 て言うのか)分からなかった。箸も(何て言うのか)分からなかった。だけど、 施設に入っていろいろ学べた。一人で「自立」が出来ない。施設に入らないで 何もかも自分でやりたい。一人暮らしも、お金の管理も。職員に心配されない 様に。今までみたいにパートのおばさんに電話しながら、自分のごはんも作れ て、(子どもを)保育園に行かせて。子育てする前に自立しないといけない。
「Aさんの語り」より 「妊娠発覚から出産へ、当事者と共に行う子育て」 まず妊娠発覚からすべてが始まり、支援者と共に悩みゆらぐ姿 子育ての場に同じ当事者が入り、子育てという相互的行為を営む 「シングル・マザーとしての覚悟」 夫不在のまま、子どもを産み育てるという「覚悟」、その後の葛藤 施設ではなく、<知的障害である私(母)>と一緒に暮らしたい 「子どものために自立する」 “ものの名前がわからない、スリッパや箸(の名前)がわからなかった” “何もかも自分でやりたい、一人暮らしも料理もお金の管理も” 子育てをする前に、「自分の自立」からはじめる決意 知的障害であるAさん(母親)が、 「子育て」をするという決 意により、たとえシングル・マザーになろうとも、子どもの為 に「自立」の一歩を踏み出すのだというセクシュアリティ。
“男が好き、男性と女性をはき違えている”(Bさん)“男が好き、男性と女性をはき違えている”(Bさん) Bさん(男性・60歳) ・障害程度:B1 ・住環境:GH ・入居前:入所施設 ・医療:服薬有(精神) ・就労:一般就労 ・家族関係:疎遠 ・セクシュアルマイノリティ傾向:好意を抱く当事者(Uさん:30代男性)と担当職員(30代男性)がいる。自室にUさんの写真を数多く貼っている ・35年間施設で育つ(15歳から入所施設へ)、施設を飛び出しGHへ ・担当職員同席のもと(Bさんの希望で)、インタビューを実施 【セックスについて語る】 B:セックスを覚えたのが、えーとー、32歳の時なんですよー。友達(男性)がオレの股間をいじって、いたずらしてー、それでせんずりこいたら、ピューと出ちゃって、それが病みつきで、面白いって、もうトイレでもどこでもやりはじめちゃってー。それで、女の人と入れるってことをぜんぜん知らなかったんですよー。
【男が好き】 B:まー、僕は基本的に“男が好きだから”、どうしてもねー、昨日もその好きな友達(Uさん)と一緒に学会(グループホーム学会)にも行ってきたし。まー、好きだとねー、どうしても僕は常に一緒にいたいっていう気持ちで。求めちゃって、(自分の部屋に)写真貼ったり、自分を安定させたりしてるんだけどねー。 *:Bさんの恋愛についてお伺いしたいんですが。人を好きになるってどういうこと? B:僕はそのへんはき違えて、ホモって病気持っちゃったんですよー。男好きになって、男と抱き合っちゃったりー、男といろいろしちゃいけないこと(・・)。でも、やりそこなって、たまたまエイズにはならなかったけど。までいっちゃうくらい男好きだから。 (中略)本当だったら女性がほしい。だけど、女性なかなかいないんだよねー。 (中略) 親がいなかったからー、親の関係でそういうふうになってんじゃないか、って○○さん(GH長)は言うんですよー。本にそう出ていたっていうんだ。(中略)ホモってなんで起きるかっていうと、男性と女性のはき違えになると同時に、「親代わり」になっちゃうんだってー。要するに母親の代わりに面倒見てあげたいっていう気持ちになっちゃうんだって。それが理性が収まりきれなくなっちゃうと、抱き合ったりしちゃうんだって。それがホモの特色なんだってー。 *:○○(担当職員)さんとUさんとは、今後どんな付き合い方をしていきたいですか? B:○○さん(担当職員)とは、僕を世の中で生きていけるような指導をしてもらいたい。 Uさんには、お互いに辛いことを言い合えるような仲間になりたい。互いに励ましていけるような。 *:Bさんを応援してくれる人っていますか?それは悪いことではなくて、とか。 B:うん、応援はねー、駅のそばの酒屋のおばさんが僕をかわいがってくれて。かなり僕は支えてもらっているねー。 担当職員:その酒屋のおばちゃんは知ってんのー?BさんがUさんのこと好きなこと。 B:言ってるよー。僕はこういう人間でこうだって。全部正直に話している。
「Bさんの語り」より 「カミングアウト」 32歳の時の、同性との性行為 性の快楽を知ったが、女性経験は知らなかった 「男性が好き」ということ?? “男が好き” “男性と女性をはき違えている” “ホモっていう病気持っちゃった” “本当だったら女性が欲しい” 自室に好意を抱く男性当事者の写真を貼っている Bさんはホモセクシュアル?バイセクシュアル? 性的指向は男性?女性?それとも両性? アンビバレント な語りを繰り返すBさんの<わからなさ>。やはりこれは知 的障害だから? 「親がいなかったから、親の関係でそう なった」という支援者の解釈を語り、Bさんなりに説明付け をしようとしているが、このアンビバレントな語りそのものが Bさんのセクシュアリティなのではないか。
“もう付き合うことは出来ない”(Cさん) Cさん(女性・41歳) ・障害程度:B2 ・住環境GH ・入居前:精神病院 ・医療:服薬有(精神) ・就労:一般就労 ・家族関係:不在 ・過去に恋人と叔父からの虐待経験 【虐待経験を語る】 C:21歳の大坂にいた時に、会社にいた人と付き合っていたんですよー。向こうも私のことが好きになってくれて、両想いになって。でー、最初の頃は何も無かったんですけど、普通に会話とかおしゃべり出来る感じだったんだけどー。途中から、だんだん慣れてくると、3か月ぐらいになったくらいに、彼が“手を出す”ようになって、暴力的になってー。暴力を振るわれるのは、私が全部悪いんだーと思って、私がなるべくしっかりしようとか、彼にしつこくしないようにしようとか。お酒も飲まない何でもない時でも、「バン」って殴られたりしたんで。何かそれがトラウマになっててー。(男性と)お付き合いすることが出来ないですよ。好きになることはあるけれど、それ以上いかない。好きな人が出来ても、次に付き合う人も暴力的な人かなー、って思ったりして、なかなか進展しなくて。好きになることはあっても自分から告白できなくなった。 (中略)芸能人だったら、憧れ的に思っていても暴力振るうこともないからー。だから、そういう恋愛しかできなくなったみたいな。一般の人を好きになるのが怖くなった。
「Cさんの語り」より 「虐待」という経験 恋人からの虐待 「殴られる」→「私が悪い、しつこくしないように」 叔父からの性的虐待 「好きにはなるが、そこから先が…」 虐待経験がトラウマとなり、人を好きになることが「怖い」 “芸能人や職員だったら、憧れ的に思っていても、暴力を振るうこ とはない” “一般の人を好きになるのが怖くなった” 「暴力を振るわない人」「口で言ってくれる人」「守ってくれる人」 虐待経験のトラウマにより、男性に対する不信感を強く持 ち、恋愛に発展することがない芸能人や職員に対する憧れ を抱くにとどまる恋愛しか出来なくなった。恋愛願望はある が、あえて憧れのみの恋愛を受け入れたセクシュアリティ。
母親との関係を引きずる(Dさん) Dさん(男性・22歳) ・障害程度:B2 ・住環境:GH ・医療:服薬無 ・就労:一般就労 ・家族関係:疎遠 ・どこにでもいる“不良少年”のような感じ(障害者?) ・「勝手に施設に入れられた」(強制的に) 「勝手に養護学校に入れられた」(普通校に行きたかった) → “親を恨んでいる” (母親からの虐待) ・子どもが好き → 同じ入居者の子どもをあやす姿、将来は保育の仕事がしたい 【母親を語る】 *:Dさんは、大学や施設職員さんの前でよくお話をしているってことですが、どんなことをお話しているんですか? D:そうですねー、「自分史」って言って、自分のこととか、親のこととか、○○さん(担当職員)と一緒に原稿を作って、それを発表してー。内容は、昔のことからー、今現在のー、今はこうでー、昔はこうでしたけどー、今は誰かさんにめぐりあって、真面目に仕事してますーみたいなー。中学の時とか、親とケンカばかりで、それで親に甘えられなかったとかー。
*:Dさんが子どもの時、お母さんに甘えられなかった?*:Dさんが子どもの時、お母さんに甘えられなかった? D:親がいろいろ事情がありー、どうしょもなかったんでー、お酒ばっかり飲んでー、タバコばっかり吸ってー、睡眠薬ばかり飲んでーとか、いろんなことがあったんすよ。 (中略) 親(母親)は凄い人でしたよー。包丁でオレのこと刺そうとしたりとか、それを自分で親は憶えていないんですよねー。薬のせいで。お母さんも体悪いから生活保護で。(中略)お母さんを殺そうかなーっていう時もあったんですよねー。 【人前で語るということ】 *:人の前で話すことは抵抗ないんですか? D:みんなに知ってもらいたい。自分の話を聞いてもらって、少しでも息子でも娘でも、虐待とかそういうことがなくなればいいかなーみたいな。(中略) みんなけっこう障害者の人たちのこととかどうでもいいって思っているじゃないですかー。健常者の人たちってけっこう多いし。(中略) 障害者のこととかをもっと知ってもらいたい。 障害者だからってなに? 一応、人間は人間で、生きているのは一緒なんだから。 自分で思いながらも、やっぱり発表しようって決心したんですよね。 *:自分の家のことを話すのって嫌じゃないですか? D:はじめは嫌だったんですけど、(話を聞いてくれる人たちは)勉強しに来てくれている人たちだったんで、分かってくれるかなーって。(中略) 話した後はスッキリしますね!(中略) 相手(聞いてくれる人たち)からの言葉が欲しいんですよねー。どんな風に返ってくるかが楽しみなんですよ。返ってくる言葉が欲しいんです。
「Dさんの語り」より “不良少年”が母親を語る 母親からの虐待 → アルコール中毒・タバコ・薬(精神)づけの姿 母親との関係 “子どもの頃甘えられなかった” “殺そうと思った” 子どもが好き → 母親と自分との関係を引きずっている? 同じ当事者の子どもをあやすDさんの姿 将来は保育の仕事がしたいという強い希望 「人前で自分を語るということ」 “みんなに知ってもらいたい” “少しでも虐待とかがなくなれば” “話した後はスッキリする” “相手から返ってくる言葉が欲しい” 母親または家族と自分との関係を人前で語ることにより、 語られた側から返ってくる言葉を期待している姿。また、母 親に「甘えられなかった」という思いを引きずりながらも、語 ることで得た聞き手の言葉により、自らゆれながらアイデン ティティを確立しようとしているセクシュアリティ。
“我慢させないと自分みたいになる”(E・Fさん夫婦)“我慢させないと自分みたいになる”(E・Fさん夫婦) Eさん(夫・30歳) Fさん(妻・23歳) (入籍婚) ・障害程度:夫(B2)・妻(B2) ・住環境:アパート ・医療:夫服薬有(精神) ・入居前:夫(通勤寮)・妻(GH) ・就労:夫(一般就労)・妻(無職) ・家族関係:夫(不在)・妻(健在) ・2歳の女児(障害有) ・自立生活アシスタント派遣事業(М市委託)を利用 ・夫婦・子ども・担当職員同席での聞き取り 【子育て観】 *:ご夫婦は子どもさんをどんな感じで育てられているんですか? F:職員は「なるべく我慢させないように」って言うんですけど、“我慢させないと自分みたいになってしまう”し。私、小・中時代特殊学級にいたんですが、いじめられたりしてきたから。絵の具をつけられた(・・)。 子どもにはそうなってもらいたくないんです。 E:(・・・・) F:夫は、「やさしく育ってほしい」って言うんですよ。職員の考え方に近い。でも、やっぱり“強くなった方がいい”し、“やられっぱなしはダメ”だと思うんです。
「Fさん(妻)の語り」より 出産当日 “お腹が張って痛かったが、陣痛かどうか分からなかった” 夫がタクシーを呼ぶも、なかなか捕まらずとうとう出血 「我慢させる子育て」(2歳の障害児の子育て観) 職員は「なるべく我慢させないような子育てを」とFさん(妻)に助言 “我慢させないと自分みたいになってしまう”(Fさん) 小・中時代(特殊学級)に、いじめられた経験(Fさん) “絵の具をつけられた” “子どもにはそうなってほしくない” 知的障害当事者であるFさんの「子育て観」、即ち、障害を 持っていることによって「いじめられた」過去の辛い経験か ら、同じ障害を持つ子どもに「強くなれ」「やられっぱなしで はダメ」と、厳しい姿勢での子育てを貫き通す「障害当事者 の母親」としてのセクシュアリティ。
みんな“家族が欲しいんじゃないか” 職員Aさん(女性・30代) *:○○(GH名)は結婚カップルの支援の経験や、現在、出産・子育てをしている入居者さんがいますが、知的障害当事者の恋愛や結婚・出産・子育て等を支援者の立場からどう考えられていますか? 職員A:GH長から、「○○(GH名)は産ませない支援ではなくて選択させる支援」という言葉を聞いてストンと落ちたんですよ。それが自分を押してくれた一つの言葉だったんです。(中略)産む時には、必ず「本人だめし」をやるんですよ。だって産んだらもっともっと厳しい世の中がまっているじゃないですかー。その手前で教えないとー、関わった支援者としは、無責任になっちゃうから。本人がどう選択するかの支援はやっぱり必要なのかなーって。 (中略)以前いた結婚カップルで、彼女の方が天涯孤独で両親がいない、彼の方が一般家庭なんです。その彼女がいつも混乱状態で(彼に)言うのが、「あんたはいいじゃんか、相談出来る家族がいて! 私にはいないんだ!」って大泣きしてそれを言うんです。 だから、家庭的に難しい人たちって、本当に「家族が欲しいんだなー」って。そこが一番大きいんだと思うんですよ。特に家庭的に難しい人たちって。彼女の場合は、すてられちゃったんで。今度は自分が家族を作って母親に(・・・)。 *:当事者の方たちは家庭的に難しい人が多いんですかねー。 職員A:ある支援者から聞いたんですが、児童養護とか家庭が不安定なところで育った子どもが妊娠するケースが多い。それが繰り返されるんですよねー。子どもは母親からの愛情をきちんと受けていないから、「愛し方」が分からない。「愛し方」っていうのは、持って生まれるものではなくて、「教えられるものだ」って。 ○○(GH名)で子どもを産んだ人たちって、みんなちゃんとした愛情を受けていない。施設での愛情とかはあっても、親子からの愛情って難しいのかなーと。
「後追い支援」「疑似的家族」「覚悟」 職員Bさん(男性・50代) *:当事者の恋愛・結婚生活や子育て支援、性全般に関して何か感じることは? 職員B:すべて「後追い支援」なんですよー。例えば、妊娠が発覚して職員が動くとか、問題が起きてからの対応なんです。(中略) だいたい○○(GH名)の場合、結婚前支援とかは、あまり上手くいかない。恋愛をしていても、そこには親が入ってくるから、両家の問題でダメになることが多い。逆に妊娠が先に分かってからの支援の方が上手くいくんです。(中略) いろいろなことがありましたー。風俗に通う人、チカン・セクハラもあった。でも、恋愛は「浅い思い」が多いですね。憧れや、優しくしたから好きになるような。連続性がない。「浅い思い」を繰り返すんですよ。特に男性に多い。この領域でとどまるのが福祉施設の特徴でしょうね。(中略)みなさんGHに入居して性的なものが落着きますよね。自分が相手や異性に認められるからですかね。「GHの家族性」というか「疑似的家族」みたいな。「安心」「安定」が関係性を回復する。人との出会いが当事者との関係性を変えるのかも。 職員Cさん(男性・20代) *:当事者の恋愛・結婚生活や子育てを支援されたということですが? 職員C:自分は無知であったと思います。(当事者の)覚悟を感じました。子どもと一緒に歩んでいくという。自分は結婚も子育て経験もありませんが、(当事者を)見ていると、一歩先を進んでいるというか(・・)。(中略) 身体接触を必要非常にする女性がいたんですが、甘えの行動なんですかねー。やはり職員としてのケジメはつけました。(中略)性の支援は難しいですよー。職員としては、無責任な支援はおこなえないですしね。自分の中である意味葛藤がありましたけど。(後略)
「職員Aさん・Bさん・Cさんの語り」より 職員Aさん(女性・30代) ・出産は、「産ませない支援ではなくて選択させる支援」「本人だめし」 ・家庭的に難しい当事者たちは、「家族が欲しい」のではないか ・「愛情をきちんと受けていない当事者は、愛し方が分からない」 → 「愛し方は、持って生まれるものではなく教えられるもの」 職員Bさん(男性・50代) ・性はすべて「後追い支援」 ・当事者の恋愛は、「浅い思い」の繰り返しで連続性がない(男性に多い) ・GHという「場」 「安心」「安定」が関係性を回復 ⇒ 「GHの家族性」「疑似的家族」 職員Cさん(男性・20代) ・子育てする「覚悟」を感じる → 「覚悟」を感じさせる当事者の強い思い ・だが、職員(支援者)の立場としては、正直、性に関する支援は難しい → 必要非常に身体接触をする女性 → 全て受け入れるか否か? → <支援する側-される側>という関係のパラドックス
<生き様>としてのセクシュアリティの形 <いま-ここ>で<語り-語られる>という「覚悟」 ・当事者が<セクシュアリティを語る>という「覚悟」、筆者の<セクシュア リティを語られる>という「覚悟」 ・「逸脱者」「性的なマイノリティ」というレッテルを付与され続けた当事者が 抱くセクシュアリティについての「生き辛さ」「語り辛さ」「苦しみ」「悲しみ」 「ずるさ」「わかわらなさ」「愛らしさ」「喜び」「尊さ」「奥深さ」等々の<彼ら /彼女らなり>の多様な<リアリティ>を受けとめようという「覚悟」 <生き様>から見える様々な「覚悟」 ・シングル・マザーになっても、子育てを契機として自立しようとする「覚悟」 ・“同性が好き” カミングアウトして自分に素直に生きていこうとする「覚悟」 ・「虐待を語る」 憧れのみで、その先を求めない恋愛を決意した「覚悟」 ・“子どもの頃甘えられなかった” 母親との関係を引きずりながらも、「自 分を語る」ことで、ゆれながらもアイデンティティを確立しようとする「覚悟」 ・「いじめられた」という過去の辛い経験から、同じ障害を持つ我が子の 子育てに厳しい姿勢をもってのぞむという「覚悟」
当事者の「セクシュアリティの理解」に向けて当事者の「セクシュアリティの理解」に向けて 「セクシュアリティを理解するということ」 ・家庭的に難しい当事者は多い(A・B・C・Dさん) → 愛情をきちんと受けていない、愛し方が分からない 「愛し方は、持って生まれるものではなく教えられるもの」 ⇒ 「愛情を注ぎ愛し方を教えること」がセクシュアリティの理解になる ・GHという「場」における「安心」「安定」が当事者の関係性を回復する → 自分が相手や異性に「認められるということ」 → 「安心・安定」 ⇒ 「一人一人のリアリティに寄り添いながら、互いに認めあいなが ら、こちらもゆらぎながら、そして、学びながら、共に成長してい く関わり方」がセクシュアリティを理解することに繋がるのではないか 「当事者がセクシュアリティを語るということ」 ・「当事者がセクシュアリティを語るということ」が、知的障害と共に生きる<彼 ら/彼女らなりの>の、まさに<リアリティ>を理解する<糸口>にな り得るのではないか。<語り>にはそうした<力>がありそうである。
参考文献 ・安積遊歩 『癒しのセクシー・トリップ』 太郎次郎社 1993 ・安積遊歩 『車イスからの宣戦布告』 太郎次郎社 1999 ・安積遊歩・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也 『生の技法』(増補改訂版) 藤原書店 1995 ・旭洋一郎 「障害者のセクシュアリティと障害者福祉」 『東洋大学児童相談研究』1996 ・Ann&Michael Craft, Sex Education&Counselling for Mentally Handicapped People, Costello, 1983 ・Ann Craft, Mental Handicap and Sexuality, Costello, 1987 ・石川准・長瀬修編著 『障害学への招待』 明石書店 1999 ・石川准・倉本智明編著 『障害学の主張』 明石書店 2002 ・市野川容孝 『身体/生命』 岩波書店 2003 ・井上芳保編 『セックスという迷路』 長崎出版 2008 ・上野千鶴子 『性愛論』 河出書房新社 1989 ・上野千鶴子 『構築主義とは何か』 剄草書房 2001 ・上野千鶴子 『脱アイデンティティ』 剄草書房 2005 ・大井清吉・山本良典・河東田博編著 『ちえおくれの親と教師に 男女交際・結婚・家庭生活のガイド』 大揚社 1988 ・大井清吉・山本良典・河東田博編著 『ちえおくれの親と教師に 男子の性と生活のガイド』 大揚社 1995 ・小山内美智子 『車椅子からウィンク』 文藝春秋 1988 ・小山内美智子 『車椅子で夜明けのコーヒー』 文藝春秋 1995 ・河東田博・河野和代 『知的障害者とセクシュアリティ -子宮摘出問題と結婚生活のありかたを中心に』 平成5年厚生省心身障害研究 ・河東田博 「性の人権と性をめぐる諸問題」 松友了編 『知的障害者の人権』 明石書店 1999 ・河東田博・小林繁市・中里誠・坂本光敏・林弥生・大槻美香 「知的障害者の結婚生活支援のあり方に関する研究」 『障害のある人々の結婚・就労・くらしに関する研究』2004年度日本財団助成研究事業 2005 ・河東田博 「知的しょうがい者のセクシュアリティ・結婚支援をめぐる実態と課題」 『立教社会福祉研究』第26号 2007 ・河東田博 『ノーマライゼーション原理とは何か』 現代書館 2009
・金井淑子編著 『ファミリー・トラブル』 明石書店 2006・金井淑子編著 『ファミリー・トラブル』 明石書店 2006 ・河合香織 『セックスボランティア』 新潮社 2004 ・倉本智明編著 『セクシュアリティの障害学』2005 ・桜井厚 『インタビューの社会学』 せりか書房 2002 ・桜井厚・小林多寿子編著 『ライフストーリー・インタビュー』 せりか書房 2005 ・障害者の生と性の研究会編 『知的障害者の恋愛と性に光を』 かもがわ出版 1996 ・障害者の生と性の研究会編 『障害者が恋愛と性を語りはじめた』 かもがわ出版 2000 ・障害者の生と性の研究会編 『ここまできた障害者の恋愛と性』 かもがわ出版 2001 ・全日本手をつなぐ育成会編 『親になる』 全日本手をつなぐ育成会 1999 ・全日本手をつなぐ育成会 『性とその周辺を理解する』 全日本手をつなぐ育成会 2000 ・全日本手をつなぐ育成会 『性・say・生(せい・セイ・せい)』 全日本手をつなぐ育成会 2005 ・谷口明広 『障害をもつ人たちの性』 明石書店 1998 ・土屋葉 『障害者家族を生きる』 剄草書房 2002 ・中根成寿 『知的障害者家族の臨床社会学』 明石書店 2006 ・西浜優子 『しょうがい者・親・介助者』 現代書館 2002 ・“人間と性”教育研究協議会編 『ヒューマン・セクシュアリティ』№19 東山書房 1995 ・“人間と性”教育研究協議会・障害児サークル編 『障害児(者)のセクシュアリティを育む』 大月書店 2001 ・秦安雄 「知的障害者の地域生活支援に関する研究 -知的障害者の結婚と子育て支援について、ゆたか福祉会の事例 からー」 『日本福祉大学社会福祉論集』第103号 2000 ・ベンクト・ニィリエ著(河東田博・橋本由紀子・杉田穏子訳編) 『ノーマライゼーションの原理』 現代書館 1998 ・ヴォルフェンスベルガー著(中園康夫・清水貞夫編訳) 『ノーマリゼーション』 学苑社 1996 ・牧口一二・河野秀忠編 『ラブ』 長征社 1983 ・松兼功 『この子がいる、しあわせ』 中央法規出版 2004 ・山下幸子 『「健常」であることを見つめる』 生活書院 2008 ・要田洋江 『障害者差別の社会学』 岩波書店 1999